[01 / LEYDA-MONO] · ST.29 / 20
#8 座り方
#8 座り方
第十二版1
帝都・聖務院 増設棟
暫定採用から二百七十日。規格草案は第十二版。本文四条、脚注三百十八。事務員が作成した脚注は百四十一。ジジバルバが確認済みのものは六十二。未確認は七十九。未確認率は二四・八パーセント。
ジジバルバは索引の更新をやめていた。
脚注が一日平均四・七個のペースで増加するようになり、索引の更新に要する時間が一日の業務時間の半分を超えたためだ。半分を超えた時点で、索引を維持することと脚注を書くことは、同時にはできなくなった。どちらかを選ぶ必要があった。
彼は脚注を書くことを選んだ。索引を放棄した。
索引を放棄した日から、規格の全体像を把握している者はいなくなった2。
三百十八の脚注は互いに参照し合い、網を形成していた。網の全容を知る者はいない。ジジバルバは自分が書いた百七十七を把握している。事務員が書いた百四十一のうち六十二を把握している。残りの七十九は把握していない。七十九の脚注が何を規定し、何を参照し、何に参照されているかは、索引なしでは追跡できない。
追跡できないものが全体の二四・八パーセントを占めている。四分の一だ。四分の一が不明な網は、全体として不明だ——網は一部が不明なとき、不明な部分が既知の部分に影響するかどうかがわからないから。わからないものは、わからないまま動く。動いているものは止める必要がない。止める必要がないものは、正常だ。
正常であることが確認できないことと、正常でないことは、異なる。異なるが、区別する手段がない3。
承認4
朝刊の配布物に、見覚えのない書式が混じっていた。紙質が違った。配布物の多くは修復所由来の事務用紙——薄黄色で繊維が粗い——だったが、見覚えのない書式だけは白く、厚く、角が裁断機で正確に切られていた。帝都中心部の紙だ。
書式の表題は『奉杯ジュース規格 継続運用認可書』。発行者は『帝国聖務管理局』。聖務管理局は導管の民の管轄だ。表題の墨書きは、かつて待合棟の壁に『検査済』の赤印を押して回った無名の管理局員の筆跡に似ていた。似ているが、同一とは言えない。同一を証明する手続きがないからだ。
認可書の内容は短かった。三行。
奉杯ジュース規格(暫定採用版)は、帝国の安定運用に資するものと認め、継続運用を認可する。 本認可は遡及的に効力を有する。 本認可に対する疑義は受け付けない。
三行目は、規格第七条と同じ構造だった。
ジジバルバは認可書を三度読んだ。三度目で、意味を理解した。
導管の民は、五人の制度を公式に承認した。承認したということは、制度を帝国の管理下に組み込んだということだ。組み込んだということは、制度の所有権が五人から帝国に移転したということだ。移転は『遡及的に効力を有する』——つまり、制度は最初から帝国のものだったことになる。五人が作ったのではなく、帝国が五人に作らせたことになる5。
接収の対象になったのは、制度が機能していたからだ。機能していない制度は接収されない。接収するには管理する価値が要る。価値を持つまで育ったものだけが、持ち主から取り上げられる。育ったのは五人の仕事だった。取り上げられたのも五人の仕事だった。五人の仕事は、五人抜きでも動く形式に組み上がっていた。組み上がった時点で、五人は形式の必須部品ではなくなっていた。
認可書の書式は、スクロヴロッカの三行の紙と同じ書式だった。
同じ書式。同じ三行。スクロヴロッカが作った書式を、導管の民が使っている。使っているということは、学んだということだ。学んだものを使って、学ばせた者の制度を接収する。道具で道具の持ち主を縛る。
ジジバルバは認可書を書棚に入れた。書棚の四段目の板に載せた。板は軋まなかった。認可書は薄い。薄いものは重くない。重くないものは板を軋ませない。軋ませないものが、最も重い決定を含んでいる場合がある6。
認可書が届いた日、第十二版は旧版になった。旧版になったことを確認する手続きはなかった。翌朝から、事務員は第十四版の表紙を用意した。第十三版は存在しない。
各自7
認可書は朝のうちに全員宛として処理された。処理されたものが、全員に読まれたとは限らない。各自の反応は、各自の道具が見せた。スクロヴロッカの要約帯、モルドラッサの鍋、ポンプリーズカの糸、グリッボロンカの粒、ジジバルバの紙——道具は持ち主より先に判断する。判断した道具が、持ち主に動作を教える。
スクロヴロッカは、認可書を読んだ。読んだあと、要約帯の束を抱えて広場に出た。帯を敷く作業を続けた。帯の角を丸く切る作業は、以前は一ミリ単位で調整していた。今日は目分量で切った。目分量で切った角は、一ミリより大きかったり小さかったりする。受け取る側には区別がつかない。区別がつかないなら、精度は不要だ。続ける理由は、やめる手続きがないからだ。認可書によって制度が帝国のものになったとしても、帯を敷く作業は帯を敷く作業だ。作業は所有権に依存しない。誰のものであっても、帯は敷かれる。敷かれた帯は踏まれる。踏まれた帯は、踏む者にとっては誰のものでもない8。
モルドラッサは、認可書を読まなかった。帳簿を開き、今日の価格を確認した。価格は昨日と同じだった。同じであることを確認して、鍋に火をつけた。スープが沸く前に椀を並べ始めた。沸く前に——以前は、沸いたあとに必ず味見をしていた。舌に三秒当てて塩の量を確認していた。いつから味見をやめたのかは、彼自身も覚えていない。帳簿の数字が味の代わりになった。数字が正しければ味も正しい。火は油で燃え、スープは塩と甘香で列に配られた。配る手順は二百七十日前と同じだ。右、右、左、右。配る手が誰のものであるかは、椀を受け取る者にとっては関係がない9。
ポンプリーズカは、認可書を読めなかった。倉庫区にいたからだ。右手の人差し指と中指に巻かれた布切れが、糸を引くたびに擦れた。布切れは三日前に自分で巻いたもので、裂傷は三本になっていた。朝刊の配布物は広場に届くが、倉庫区には届かない。届かないものは読めない。読めないものは、存在しない。ポンプリーズカにとって認可書は存在しなかった。存在しない認可書に影響されることはない。影響されないまま、彼は糸を張り続けた。二十三本の自分の糸と、七本に増えた不明の糸。三十本の糸が天井を走っていた。三十本のうち、彼が制御しているのは二十三本だ。残りの七本は制御していない。制御していない糸が全体の二三パーセントを占めている。ジジバルバの未確認率と近い数字だ。近い数字であることに、二人とも気づいていない10。
グリッボロンカは、認可書を読んだかどうかわからない。彼が柱のそばに立っていたことは確認されている。柱の根元には種が三十一粒あった。三十一粒のうち、グリッボロンカが置いたのは何粒かは確認されていない。全部かもしれないし、一部かもしれない。一部であるなら、残りは誰かが置いたことになる。誰かは、グリッボロンカの真似をしたのか、偶然同じ場所に種を置いたのか。偶然を排除する根拠はない。根拠がないものは放置される11。
浄化(第十一回)12
修復所・倉庫区
十一回目の浄化は、五人が揃わなかった。
グリッボロンカが来なかった。来なかった理由はわからない。来なかったことを確認したのは、残りの四人が倉庫区に集まったあとだった。集まったあと三十分待った。三十分は、これまでの浄化で最長の待機時間だ。
グリッボロンカがいなくても、四人の処理は可能だ。ポンプリーズカの萼を掴む役がいないだけだ。ジジバルバがポンプリーズカの萼を掴んだ。ジジバルバの手はグリッボロンカの手より小さく、指は細い。細い指は萼の一点に圧力を集中させる。集中した圧力は、分散した圧力より痛い。
ポンプリーズカは何も言わなかった。
グリッボロンカの処理——「おる」の確認——は省略された。省略した理由は、確認する相手がいないからだ。いない者の処理を省略することは、合理的だ。合理的なものは問題にならない。
グリッボロンカが立つはずだった場所には、紫の粒が一握り残っていた。粒は来なかった分だけ、地面に置かれていた——いや、置かれていたのではなく、落ちていた。落ちる場所は、彼が来なかったとしても、彼の場所だった。場所だけが残ることは、彼の能力の最終形だ。
ジジバルバが剥がされた鱗は、今回から五枚に増えていた。四枚では間に合わないことが前回の蓄積で判明したためだ。五枚目は左脇の古傷の横で、ここは以前にも剥がされ、再生が遅れている部位だった。剥がすとき鱗の縁が割れた。割れた縁は次回の検査で『不整形』と判定される可能性がある——定例検査はもう来ないが、来る可能性だけはまだ残っている。可能性は再審期限と同じで、来ないことが確定していない限り、来るものとして扱われる。ポンプリーズカの右手の裂傷は三本に増え、モルドラッサの口角には白い乾いた線が一本走っていた。スクロヴロッカの湾曲した頭部の角度が、わずかに左に傾いていた。気づいた者がいたかどうかは、誰も確認しなかった。
だが省略されたということは、グリッボロンカに関する何かは除去されないということだ。除去されない残留物は蓄積する。蓄積した残留物が——
蓄積するのは禁制ジューストニウムだけではない。蓄積するのは、彼が落とすはずだった粒も同じだ。粒は、彼の場所で落ちる代わりに、彼の不在の場所で増えていた。柱の根元の種は三十一粒。三十一粒のうち、何粒が種で何粒が粒かは、誰にも区別がつかない。区別がつかないものは、同じものとして処理される。同じものとして処理されたものは、出自を失う。出自を失った粒と種は、ただの三十一粒になる。
四人は、蓄積について話さなかった。話す手続きがなかった。浄化の手順にはグリッボロンカの処理が含まれているが、グリッボロンカ不在時の代替手順は策定されていない。策定されていないものは実行できない。実行できないものは保留される。保留されたものは次回に持ち越される。
規格上、次回は十八日後だ。
帰り際、ジジバルバの左肩に四枚、左脇に一枚、剥がされた跡が残っていた。左肩の白の範囲は、前回より広がっている。四枚では足りない兆候か、再生が遅くなっている兆候か。どちらかは確認できない。確認するためには医療記録が必要だ。医療記録を作成するためには医務室に行く必要がある。医務室に行くと——13
夜
深夜、増設棟。
ジジバルバは紙を閉じなかった。閉じる前に、もう一度開いた。
規格草案の第十二版。本文四条。脚注三百十八。本文の四条は、第一版から一文字も変わっていない。変わったのは脚注だけだ。三百十八の脚注が四条の本文を囲んでいる。囲まれた本文は、脚注の中心にある。中心にあるが、全体の約一・三パーセントにすぎない。一・三パーセントの本文を、九八・七パーセントの脚注が支えている。
支えているのか、埋めているのか。
ジジバルバは本文を読んだ。四条。
純度:祈祷の語尾が泡立たぬこと。 圧搾位相:祝詞の拍に合うこと。 香祷残香:行列の長さに対して過不足なきこと。 祝言一致率:王族の舌に反らぬこと。
四条は、読めた。読めた。まだ読めた。
読めるのは、ジジバルバだけだった。他の誰も、もう本文を読んでいない。スクロヴロッカは要約を読む。モルドラッサは帳簿を読む。ポンプリーズカは糸を読む。グリッボロンカは何も読まない。事務員は脚注を読む。監督官は要約を読む。市民は三語を踏む。
本文を読む者がジジバルバだけであるとき、本文はジジバルバの中にしか存在しない。ジジバルバの中にしか存在しないものは、ジジバルバがいなくなれば消える。消えても、脚注は残る。脚注は互いを参照し合って自立している。本文がなくても脚注は機能する。本文がなくても——
印刷所ではすでに、本文なしの写しが配られたことがある。誰も気づかなかった。
ジジバルバは紙を閉じた。
閉じたとき、書棚の四段目の板が鳴った。軋みではなかった。短い、乾いた音。板の繊維が一本、切れた音だった。切れた繊維は一本だが、板の強度は繊維の本数で支えられている。一本切れても板は落ちない。二本切れても落ちない。何本切れたら落ちるかは、板に訊いてもわからない。板は答える機能を持たない。
ジジバルバは灯りを消した。
椅子から立ち上がった。立ち上がって、もう一度座った。座り方を確認した。背筋を伸ばし、両手を膝に置く。施療院の裏手の長椅子で練習した座り方だ。七番目の座り方。弾痕と同じ数——意味はない。
座り方は、二百七十日前と変わっていなかった。
座り方だけが変わっていなかった。座り方以外のすべてが変わっていた——変わったのか、変えたのか、変えられたのか。どれであっても、座っている者にとっては同じだ。座っている者は、座り続ける。立ち上がる手続きは——
ジジバルバは灯りを消したまま、座り続けた14。
座り続ければ、翌朝は解読者として処理される。席を離れれば、無断離席として処理される。どちらも処理だ。処理されないための座り方は、座り方の教科書の第八番目にはなかった。第七番目までで終わっていた。第八番目が策定されないまま、七番目を続けることは、処理されることを続けることだ。処理されないためには、七番目を離れる必要がある。離れた者がどこに座るかは、教科書に書かれていない。
明日、朝が来る。朝が来ると、事務員が新しい脚注の束を持ってくる。束を書棚に入れる。板が鳴る。鳴った板を補強するか、束を減らすか、別の棚を探すか。どれも手続きが必要だ。手続きを策定するには脚注が必要だ。脚注を書くには時間が必要だ。時間を使うと——
板が、もう一度鳴った。
Footnotes
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本章のエピグラフは空欄である。空欄のエピグラフは、引用すべき本文が存在しないことを示す。引用すべき本文が存在しないことは、本章の内容が脚注のみで構成されうることの予告である。 ↩
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第十二版の印刷は、印刷工房で二日間を要した。第一版の印刷は半日だった。印刷に要する時間は版数に比例して増加するのではなく、脚注の分量に比例して増加する。脚注の分量は指数関数的に増加しているため、印刷時間もまた指数関数的に増加している。現在の増加率が継続した場合、第十五版の印刷には推定十四日を要する。十四日は次版の作成期間を上回る。印刷が完了する前に次版が作成される場合、印刷された版はすでに旧版である。旧版の印刷は資源の無駄であるが、無駄を禁止する脚注は存在しない。 ↩
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ジジバルバが索引を放棄した日付は記録されていない。記録されていないことは、索引が正式に放棄されたのか、更新が遅延しているだけなのかを区別する手段がないことを意味する。区別がつかないことは、放棄と遅延の中間状態——『暫定的な保留』——として処理される。暫定的な保留は、暫定的に有効であり、恒久的に暫定的である。 ↩
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正常と異常の区別手段の不在については、規格第三条『真実の認定』の適用が可能である。すなわち、祈祷監査官の直感により『正常』と判断されれば正常であり、科学的な検証は不要とされる。現在、祈祷監査官の役割は事実上ジジバルバが担っているため、ジジバルバが正常と判断すれば正常である。ジジバルバが判断しなければ、判断は保留される。保留された判断は、暫定的に正常として処理される。 ↩
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本節の記述は、認可書の実物に基づく。認可書は増設棟の書棚の四段目に保管されている。保管場所がジジバルバの管理する書棚であることは、認可書がジジバルバ宛であることを示唆するが、宛名欄は空白だ。宛名が空白の文書は、全員宛であり、誰宛でもない。 ↩
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『遡及的に効力を有する』の法的解釈については、奉杯ジュース規格(暫定採用版)第八条『本規格は遡及的に改正できる』と同じ構造を持つ。五人が作った規格の条文を、導管の民が五人に対して適用した。適用された五人は、自分たちの条文によって自分たちの功績を消された。これは皮肉ではない。制度の正常な運用だ。 ↩
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板の軋みと文書の重要度の逆相関については、本脚注が初めて言及する。初めて言及されたことは、初めて観察されたことを意味しない。観察されていたが言及されていなかった可能性がある。言及されていなかったことは、脚注に書かれていなかったことと同じだ。脚注に書かれていなかったことは、存在しなかったこととして処理される。 ↩
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『各自』という見出しは、五人がもはや連携ではなく個別に行動していることを示す。個別の行動は、連携の崩壊を意味するのか、連携が不要になったことを意味するのかは、本文からは判断できない。判断できないことは脚注に委ねられる。この脚注は、判断を委ねられたが、判断しない。 ↩
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スクロヴロッカが帯を敷き続ける行動は、制度の所有権の移転とは無関係に継続されている。この無関係さは、作業が制度の一部ではなく身体の一部になったことを示唆する。身体の一部になったものは、意思では止められない。心臓を意思で止められないのと同じだ。 ↩
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モルドラッサが認可書を読まなかったことは、認可書の内容を知らないことを意味する。知らないことは、影響されないことを意味しない。認可書によって制度の所有権が移転したことは、モルドラッサが知っているかどうかに関係なく、事実として成立している。事実は認知に依存しない。認知に依存しない事実は、本人が気づかないまま、本人を拘束する。 ↩
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未確認率の収束は偶然か必然かについては、本脚注の筆者にも判断できない。判断できないものは記録される。記録されたものは、いつか誰かが判断する。いつかは来ないかもしれない。来ないかもしれないものを待つことは、制度においては『継続審議中』と呼ばれる。 ↩
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グリッボロンカの種が他者によって補充されている可能性は、恐怖の保存が自律化していることを示唆する。恐怖の保存が個人の行為から制度の機能に変わったとき、保存者は不要になる。不要になった保存者は、保存された恐怖の対象に含まれるようになる。保存する者が保存される側になることは、制度の完成を意味する。 ↩
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浄化の通し番号について。第十回が本文に記述されていないのは、第十回に特筆すべき出来事がなかったためである。特筆すべき出来事がないことは、手順が完全に定着したことを意味する。完全に定着した手順は記述に値しない。記述に値しないものは記録されない。記録されないものは存在しない。存在しない第十回は、第九回と第十一回のあいだの空白として処理される。 ↩
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医務室への受診に関する問題は、先行する浄化運用報告書に同例がある。受診すると裂傷や鱗の剥離跡の原因を説明する必要がある。説明すると浄化の存在が記録に残る。記録に残ると——以下、当該脚注を参照。参照先が先の版にあることは、問題が版を超えて持続していることを意味する。 ↩
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本章の最後の場面でジジバルバが座り続けた時間は記録されていない。記録されていない時間は、測定されていない時間と同じだ。測定されていない時間のあいだに何が起きたかは、脚注にも本文にも書かれていない。書かれていないことは、次の章——最終章——の本文が始まる前の空白である。空白は、本文と脚注のどちらにも属さない。どちらにも属さないものは、制度の外にある。制度の外にあるものは、制度からは見えない。見えないものは、ない。ないものが、次の章で、椅子の上に座っている。 ↩